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なぜスマホを見ると時間が早く過ぎるのか:注意の分散とデジタルデバイス利用の時間心理学

Tags: 時間感覚, 心理学, 注意の分散, デジタルデバイス, スマホ, 時間管理

導入:あっという間に過ぎる時間とデジタルデバイス

日々の忙しさの中で、私たちはスマートフォンをはじめとするデジタルデバイスに触れる機会が多くあります。少しだけと思ってアプリを開いたつもりが、気づけば予想以上に時間が経過していたという経験は、多くの方がお持ちかもしれません。なぜ、デジタルデバイスを見ていると、時間は早く過ぎ去っていくように感じられるのでしょうか。本記事では、この「時間が早く感じる」現象の背景にある心理学的なメカニズム、特に注意の向け方やデジタルデバイスの特性との関連性について掘り下げて解説いたします。

デジタルデバイス利用がもたらす注意の分散

現代社会において、デジタルデバイスは情報収集、コミュニケーション、娯楽など、私たちの生活に深く浸透しています。しかし、常に新しい情報や通知が表示される環境は、私たちの注意を継続的に引きつけ、分散させる傾向があります。

心理学において、私たちの時間感覚は「注意」がどこに向けられているかに大きく影響を受けることが知られています。特定の活動に深く集中しているとき(フロー状態など)は、時間の経過を意識する認知的なリソースが少なくなるため、時間が早く感じられることがあります。一方で、様々な情報源に注意が絶えず切り替えられる状況、すなわち注意が分散している状況では、時間そのものを意識する機会も減少しがちです。デジタルデバイスの利用、特に複数のアプリを頻繁に切り替えたり、通知に即座に反応したりする行為は、まさにこの注意の分散を促進します。

注意が分散し、一つのことに集中する時間が短くなることで、私たちはその活動期間中に形成される記憶の連続性を失いがちです。脳は過去の出来事の密度や連続性に基づいて時間経過を推測する側面があるため、記憶が断片的になると、時間の経過が短く感じられる可能性があるのです。

断続的な刺激と時間感覚

デジタルデバイスから得られる情報は、しばしば短く、断続的で、変化に富んでいます。例えば、SNSのタイムラインをスクロールしたり、短い動画を次々と視聴したりする行為は、絶えず新しい、予測しにくい刺激を脳に与えます。

新しい情報や強い刺激に触れるとき、私たちの脳はより多くの処理リソースを割り当てます。この過程で、時間に関する情報処理は相対的に後回しにされがちです。また、変化が多い環境では、脳は一つ一つの出来事を個別の「イベント」として認識しやすくなります。短い時間の中に多くの「イベント」が詰まっているように感じられると、後から振り返ったときに、その期間は「濃密だった」と感じる一方で、時間が早く過ぎたように感じるという心理的な側面があります。

フロー状態の阻害と時間の質

前述のように、何かに深く没頭する「フロー状態」では、時間の感覚が歪み、集中している間は時間が早く感じられることがあります。しかし、デジタルデバイスからの頻繁な通知や誘惑は、このフロー状態への移行を妨げたり、維持を困難にしたりします。

深い集中が妨げられることで、私たちは多くの時間を表面的な情報処理やタスクの切り替えに費やすことになります。これにより、一つの活動にじっくり取り組んで得られる達成感や充実感が薄れ、「多くのことをしたはずなのに何も成し遂げていない」といった感覚に陥ることがあります。このような時間の使い方は、たとえ忙しくても、時間の質が低いと感じられ、結果として、その期間全体が早く、あるいは漠然と過ぎ去ったように感じられることにつながり得ます。

時間感覚を変えるためのデジタルデバイスとの向き合い方

デジタルデバイスとの付き合い方を見直すことは、時間感覚をより意識的に管理し、質の高い時間を過ごすための重要な一歩となります。以下にいくつかのヒントを挙げます。

  1. 通知設定の見直し: 不要なアプリの通知をオフに設定し、デジタルデバイスからの中断を減らします。本当に必要な情報のみを受け取るようにすることで、注意の分散を防ぎます。
  2. 使用時間の制限: 特定のアプリやデバイス自体の使用時間に制限を設けるツールを活用したり、意識的に「デジタルオフの時間」を設けたりします。例えば、食事中や家族との団欒中はデバイスから離れるといったルールを決めるのも有効です。
  3. 使用目的の明確化: 何のためにデジタルデバイスを使うのか、目的を明確にしてから操作を始めます。目的なく漠然とデバイスを触る「目的のないサーフィン」の時間を減らすことで、無為に時間が過ぎる感覚を軽減できます。
  4. シングルタスクを意識する: 一つのタスクに取り組む際は、デジタルデバイスを手の届かない場所に置くなどして、注意が逸れる要因を物理的に排除します。目の前の活動に意識を集中することで、時間の経過をより正確に感じ取りやすくなります。

これらのアプローチは、単にデジタルデバイスの使用時間を減らすことだけではなく、デジタルツールを「何となく」ではなく「意図的に」利用することを目指すものです。

まとめ

デジタルデバイスの頻繁な利用が時間感覚を歪め、時間が早く過ぎ去るように感じさせる背景には、注意の分散、断続的な刺激、そしてフロー状態の阻害といった心理的なメカニズムが存在します。これらのメカニズムを理解することは、私たちが日々の時間の流れをどのように感じているのかを知る上で役立ちます。

デジタルデバイスとの健全な関係を築き、自身の注意を意識的にコントロールすることで、時間の「量」だけでなく「質」にも目を向けられるようになります。そして、それが結果として、忙しい毎日の中でも時間をより豊かに感じ、有効に活用するための第一歩となるでしょう。